第2回 「正しいこと」を示すだけでは、なぜ組織は動かないのか ー「求めること」と「支えること」から、組織の変化を考えるー

目次

はじめに

前回は、「なぜ人は会社を辞めるのか」という問いから、人材定着と離職について考えました。

人が会社を離れる背景には、一つの退職理由だけではなく、それまでのさまざまな経験が重なっていることがあります。

また、「会社に残っている」という事実と、「この会社で働き続けたい」という思いも、必ずしも同じではありません。

では、人が「離れる」という判断に至るまでに、その人と組織との間では何が起きているのでしょうか。

企業から見ると、離職は突然起きたように見えることがあります。

しかし、その人と組織との関係が、退職を申し出た日に突然変わったとは限りません。

仕事への違和感。

期待に応えようとする中での負担。

上司との関係。

自分の意見が受け止められない経験。

そうしたものが少しずつ積み重なることで、人と組織との関係が変化していくことがあります。

今回は、そこからもう一歩踏み込み、組織が社員に何を求め、それをどう支え、働く人がそれをどのように経験しているのかを考えてみたいと思います。 そして、組織を良くしようとして示した「正しいこと」が、なぜ必ずしも人や組織を良い方向へ動かすとは限らないのか、実際の企業支援で見てきた事象も交えて考えます。

組織は、社員にさまざまなことを求めている

企業が社員に何かを求めることは、当然のことです。

「もっと成果を出してほしい」

「新しい仕事に挑戦してほしい」

「自分で考えて行動してほしい」

「変化に対応してほしい」

「若手を育ててほしい」

組織が成長していくためには、働く人へのさまざまな期待や要求が生まれます。

そして、企業を取り巻く環境が変われば、求められることも変化します。

例えば、これまで上司からの指示を受けて仕事を進めることが中心だった社員に、

「これからは、自分で考えて動いてほしい」

と期待することもあるでしょう。

業務のデジタル化が進めば、新しいシステムや仕事の進め方への対応も求められます。

人手が不足すれば、一人ひとりが担う仕事や役割が広がることもあります。

こうした要求そのものが問題なのではありません。

組織が変化していくためには、働く人にも新しい役割や行動が求められることがあります。

そこで同時に考えたいのが、

その要求を実現するための「支え」があるか ということです。

「求めること」に見合う「支え」はあるか

例えば、新しい仕事を任せるのであれば、それを学ぶ機会はあるでしょうか。

高い成果を求めるのであれば、それを実現するための時間や人員はあるでしょうか。

自律的な判断を求めるのであれば、本人に必要な裁量は与えられているでしょうか。

変化を求めるのであれば、試行錯誤したり、失敗から学んだりできる環境になっているでしょうか。

仕事における「要求」と、それに対応するための「資源」の関係は、研究の世界でもJob Demands-Resources Model(JD-Rモデル)として整理されています。

ここで重要なのは、社員に何かを求めることをやめることではありません。

「何を求めているのか」と同時に、「そのために何を支えているのか」を見ることです。

難しい仕事であっても、

上司や同僚から支援を受けられる。

必要な情報を得られる。

自分で考える余地がある。

仕事を通じて成長していると感じられる。

こうした環境があれば、その要求は、働く人にとって挑戦や成長の機会になることがあります。

一方で、要求だけが高まり、それを実現するための支えが十分でなければ、同じ要求が大きな負担として経験されることもあります。

社員に何を求めるのか。

そして、その期待に応えられる環境を、組織としてどこまでつくっているのか。 この両方を見る必要があります。

組織の意図と、働く人の経験は同じとは限らない

もう一つ考えたいのは、組織が良かれと思って行っていることが、働く人にも同じように経験されるとは限らないことです。

例えば、社員の成長を考えて、少し難しい仕事を任せたとします。

ある人は、

「期待してくれている」

「新しいことに挑戦できる」

と感じるかもしれません。

一方で、別の人は、

「急に仕事を任された」

「失敗できない」

と感じるかもしれません。

1on1も同じです。

会社は「社員と対話するための時間」と考えていても、ある人には相談できる時間として受け止められ、別の人には上司から評価される時間として受け止められることがあります。

裁量を広げることも、

「任せてもらえた」

と感じる人もいれば、

「放置された」

と感じる人もいるでしょう。

人が自ら行動しようとする背景については、自己決定理論(Self-Determination Theory)でも、「自律性」「有能感」「関係性」といった心理的欲求の重要性が整理されています。

ここで見たいのは、制度や施策が「あるか、ないか」だけではありません。

組織が意図したことを、働く人がどのように経験しているのか。 そこまで見ることで、人と組織との関係が少しずつ見えてきます。

「自律してほしい」が、自律を弱めることもある

企業との対話の中で、

「社員にもっと自律してほしい」

「もっと自分で考えて動いてほしい」

という話を聞くことがあります。

もちろん、自分で考え、判断し、行動できることは重要です。

しかし、「自律してほしい」と伝えるだけで、自律的に働く人が増えるとは限りません。

例えば、

「自分で考えて」と言われる。

しかし、自分で判断すると後から細かく修正される。

意見を求められる。

しかし、最終的にはいつも上司の考えに合わせることになる。

自分で仕事を進める。

すると、「なぜ先に相談しなかったのか」と言われる。

こうした経験が繰り返されれば、

「自分で判断するより、先に確認した方がよい」

と考えるようになるかもしれません。

それを見た上司は、

「主体性がない」

「何でも確認してくる」

と感じるかもしれません。

しかし、その行動は、本当に本人の意識や能力だけの問題なのでしょうか。

もしかすると、その組織の中で仕事を進めるために身につけた、合理的な行動なのかもしれません。

「自律してほしい」と求めることと、自律的に働ける環境をつくることは同じではありません。 社員の行動だけを見るのではなく、その行動が生まれている背景にも目を向ける必要があります。

「正しいこと」を示せば、組織は動くのか

ここまでの話を、実際の企業支援で見てきた事象から考えてみます。

ある企業で、他社で豊富な経験を積んできた人材が加わり、その後、ある部門の責任者になりました。

仕事に対する基準は高く、

「この業務は、もっとこうした方がよい」

「この仕組みは見直した方がよい」

「この水準まで引き上げる必要がある」

と、さまざまな改善を進めていきました。

その指摘の一つひとつを見れば、合理的なものも少なくありません。

組織を良くしたいという意図もあります。

一方で、時間が経つにつれて、周囲では少し違ったことも起き始めました。

部下が、自分で判断する前に責任者へ確認する。

何かを決めるときには、まず「これでよいでしょうか」と聞く。

会議でも、自分の意見を積極的に出すより、責任者がどう考えているのかを確認してから発言する。

外からその姿だけを見れば、

「もっと自分で考えればよいのではないか」

「主体性が足りないのではないか」

と思うかもしれません。 しかし、本当にそれだけなのでしょうか。

目指す姿が見えていることと、そこへ移れることは同じではない

先ほどの責任者が示していた基準そのものが、間違っていたとは限りません。

むしろ、目指している方向としては正しかったのかもしれません。

ただ、ここで考えたいことがあります。

それは、

目指す姿が見えていることと、そこへ組織が移っていけることは同じではない

ということです。

例えば、これまで70の水準で仕事をしてきた組織に、100という新しい基準を示したとします。

100を目指すこと自体が問題なのではありません。

しかし、

なぜ100を目指すのか。

70から100へ、どのように近づいていくのか。

そのために何を学ぶ必要があるのか。

今までのやり方の何を残し、何を変えるのか。

途中でうまくいかなかったとき、どう支えるのか。

こうした過程がなければ、働く人にとって100という基準は、「目指したい姿」ではなく、

「今すぐ満たさなければならない要求」

として受け止められることがあります。

組織を変えるときに必要なのは、目指す姿を示すことだけではありません。そこへ人と組織が近づいていく過程をつくることも必要なのです。

「お伺いを立てる」のは、主体性がないからなのか

先ほどの組織では、部下が何かを決める前に、責任者へ確認する場面が増えていました。

なぜ、そのような行動が生まれたのでしょうか。

自分で判断した結果、後から修正される。

意見を出しても、最終的には責任者の考えに沿うことになる。

先に確認しておけば、後からやり直す必要がない。

こうした経験が積み重なれば、

「自分で判断するより、先に確認してから動いた方がよい」

と考えることは、ある意味では合理的です。

つまり、「お伺いを立てる」という行動は、必ずしも本人の主体性が低いことだけを意味するわけではありません。

その組織の中で仕事を進めるために、環境に適応した結果として生まれた行動かもしれないのです。

ここで問い直したいのは、

「なぜ、この社員は自分で判断しないのか」

だけではありません。

「なぜ、自分で判断するよりも、確認してから動く方が合理的な職場になっているのか」

という組織側の環境にも目を向けることです。

社員の行動を見ることは、その社員だけを見ることではありません。 その行動が生まれている背景を見ることで、組織の特徴が見えてくることがあります。

組織を良くすることと、人が良く働けること

この事例では、責任者が着任した後、複数の退職や休職も起きていました。

もちろん、それらが責任者の存在によって起きたと単純に結論づけることはできません。

人が会社を離れたり、働き続けることが難しくなったりする背景には、さまざまな要因があります。

ここで誰か一人を「原因」として捉えることが目的ではありません。

むしろ考えたいのは、

組織を良くしようとすることと、そこで働く人が良く働けることは、自動的には一致しない

ということです。

高い基準を持つこと。

仕事の質を上げること。

これまでの仕組みを見直すこと。

どれも必要なことがあります。

一方で、

働く人が「なぜ変えるのか」を理解できているか。

自分の考えを表現できているか。

試行錯誤できる余地があるか。

必要な支援を受けられているか。

そこも同時に見る必要があります。

組織を良くするために変化を求めるのであれば、そこで働く人が、その変化へ近づいていける環境も一緒につくる。

その視点が必要なのではないでしょうか。

そして、高い基準を示すことと、その基準へ人や組織が近づいていく過程を支えることは、別の仕事です。

今回のまとめ

人が会社を離れる前には、その人と組織との間でさまざまなことが起きています。

組織から何を求められているのか。

その要求に対して、どのような支えがあるのか。

組織が良かれと思って行っていることを、働く人はどのように経験しているのか。

そして、その経験の積み重ねによって、行動や人と組織との関係がどのように変化しているのか。

また、組織をより良くしようとするとき、「こうした方がよい」という目指す姿を示すことは重要です。

しかし、人や組織は、その姿を示された瞬間に変わるわけではありません。

対話する。

試してみる。

うまくいかなければ考え直す。

そこから学ぶ。

そして、もう一度試してみる。

そうした過程を通じて、少しずつ新しい仕事の仕方が組織の中に根づいていきます。

だからこそ、

「何を求めるのか」と「どう支えるのか」。

そして、

「どこを目指すのか」と「そこへどう近づいていくのか」。

その両方を見ることが重要です。

人材定着について考えることは、離職を防ぐ施策だけを考えることではありません。日々の仕事の中で、人と組織との間にどのような関係がつくられているのかを見ることでもあるのです。

■あなたの会社ではどうでしょうか?

□ 社員に求めていることと、それを実現するための「支え」を一緒に考えていますか。

□ 会社が良かれと思って行っていることが、社員にどのように経験されているかを見ていますか。

□ 「主体性がない」と感じたとき、その行動が生まれている組織側の環境にも目を向けていますか。

□ 組織に変化を求めるとき、目指す姿だけでなく、そこへ近づいていく過程も考えていますか。

考えてみましょう。

―あなたの会社が「社員に求めていること」と「社員を支えていること」は、どのような関係になっているでしょうか。

次回について

今回は、人が離れる前に起きていることを、「求めること」「支えること」、そして組織の変化という視点から考えました。

では、人材定着という視点に戻ったとき、会社に「残っている」ことは、組織との良い関係を意味するのでしょうか。

反対に、会社を「離れる」ことは、すべて問題なのでしょうか。

最終回は、「『残る/離れる』から、人と組織の関係を見つめ直す」をテーマに、「主体的定着」「消極的残留」「前向きな離職」「苦しい離職」という4つの状態を手がかりに、人材定着を改めて考えます。

※本シリーズは、研究レポートNo.003『「残る/離れる」から考える、人と組織の関係 ― 人材定着を捉え直すための視点 ―』をもとに、人材定着・離職という切り口から、人と組織の関係について考えるものです。
全体をまとめてお読みになりたい方は、ぜひ研究レポートもご覧ください。
研究レポート ➡ https://saitama-suslab.com/report/

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次