第1回 人は、なぜ会社を辞めるのか ー「退職理由」だけでは見えない、人と組織の関係を考えるー

目次

はじめに

地域企業の経営者や人事担当者の方と対話していると、「人材定着」や「離職」に関する話を聞くことがあります。

「採用しても、数年で辞めてしまう」

「時間をかけて育てた社員が退職してしまった」

「若手社員がなかなか定着しない」

「退職理由を聞いても、本当のところがよく分からない」

人材不足が続く中、採用した人材に長く働いてもらうことは、多くの企業にとって重要な課題です。

そのため、

給与や処遇を見直す。

働きやすい環境を整える。

1on1など、上司と部下の対話を増やす。

研修や育成の機会を充実させる。

社員のキャリアを支援する。

といったさまざまな取り組みが行われています。

いずれも、人材定着を考えるうえで大切な取り組みです。

一方で、私たちは人材定着について考えるとき、その前に一度立ち止まって考えてみる必要があると思っています。

人が辞めないことだけで、人材定着を捉えてよいのでしょうか。

今回は、「なぜ人は会社を辞めるのか」という問いから、人材定着と離職について考えてみたいと思います。

「退職理由」だけで、背景は分かるのか

社員が会社を辞めるとき、多くの企業では退職理由を確認します。

「給与を上げたい」

「新しい仕事に挑戦したい」

「自分のキャリアを考えたい」

「家庭の事情がある」

もちろん、本人から語られたこうした理由は、退職を決断した理由の一つでしょう。

しかし、人が会社を離れるまでの過程を考えると、退職時に語られた理由だけで、その背景をすべて理解することは難しいように思います。

例えば、「キャリアアップのため」という言葉の背景に、

「今の仕事では、成長している実感が持てない」

という思いがあるかもしれません。

「別の仕事に挑戦したい」という言葉の背景に、

「この会社では、自分のやりたいことができない」

という経験が重なっていることもあります。

あるいは、退職理由としては語られなくても、

上司との小さなすれ違い。

自分の意見が反映されない経験。

仕事の進め方への違和感。

将来への不安。

組織から期待されていることと、自分が大切にしたいこととのずれ。

そうしたものが少しずつ積み重なっていることもあります。

人が会社を離れる理由は、必ずしも一つではありません。

そして、退職時に語られた言葉だけが、その人と組織との関係のすべてでもありません。

だからこそ、

「なぜ辞めたのか」だけではなく、「辞めるまでに何が起きていたのか」を見る。

そこまで考える必要があります。

これは、研究レポートNo.003でも最初に置いている視点です。若年者の離職に関する調査でも、離職した人の初職では、教育訓練や職場でのコミュニケーション、長時間労働、給与、職場でのトラブルなど、複数の特徴がみられています。

※【研究レポートNo. 003】は弊社ホームページをご覧ください➡ https://saitama-suslab.com/report/

離職そのものを、なくすことが目的なのか

離職が起きると、企業にとってさまざまな影響があります。

採用や育成にかけた時間やコスト。

それまで蓄積されてきた知識や経験。

残った社員への業務負担。

チームや顧客との関係への影響。

企業が離職を減らしたいと考えることには、十分な理由があります。

一方で、人が会社を離れること自体は、一部の企業だけで起きている特別な出来事ではありません。

厚生労働省の「雇用動向調査」によると、2025年の離職者数は約705万人、離職率は13.7%でした。

毎年、多くの人が新しい組織に入り、同時に多くの人が組織を離れています。

また、働く人の側から見れば、会社を離れることが、

新しい仕事に挑戦する。

自分の専門性を高める。

より自分に合った働き方を選ぶ。

自分が目指すキャリアへ進む。

といった、次の一歩になることもあります。

実際、若年者を対象とした調査では、賃金や労働時間・休日を理由に転職した人の中には、転職後に賃金の上昇や労働時間の短縮がみられたケースも報告されています。一方で、転職によって必ず状況が良くなるわけではなく、その背景や転職後の状況も一様ではありません。

つまり、

「離職した」という事実だけで、その離職が良かったのか、悪かったのかを判断することはできません。

すべての離職をなくすことよりも、自社で起きている離職を、どのように受け止めるのか。

そこに目を向けることが重要なのではないでしょうか。

「残っている」ことと、「ここにいたい」ことは違う

では、反対に、会社に残っている人はどうでしょうか。

離職率が低く、多くの社員が長く働いていれば、「人材が定着している会社」と捉えることができます。

それ自体は、企業にとって重要な状態です。

しかし、

「会社に残っている」という事実と、「この会社で働き続けたい」という思いは、必ずしも同じではありません。

例えば、

転職することに不安がある。

今の待遇を失いたくない。

家庭や生活の事情から、今は環境を変えにくい。

自分に合う転職先が見つかるか分からない。

長く働いてきたため、環境を変えることに抵抗がある。

そうした理由から、会社に残ることもあります。

外から見れば、どちらも「会社に残っている社員」です。

しかし、

「この会社で働きたいから残っている」

のか、

「今は離れにくいから残っている」

のかでは、人と組織との関係は大きく異なります。

だからこそ、人材定着を考えるときには、離職した人だけではなく、

今、組織に残っている人が、どのような思いで働いているのか。

そこにも目を向ける必要があります。

離職率の「数字」と、その奥を見る

もちろん、離職率を見ることには意味があります。

前年より離職が増えていないか。

特定の年代や職種で離職が多くなっていないか。

入社後の早い段階で辞める人が増えていないか。

数字を継続して見ることで、組織の変化に気づくことができます。

しかし、離職率だけでは見えないこともあります。

離職率が低くても、社員が仕事への意欲を失っているかもしれません。

「できれば辞めたい」と思いながら、さまざまな事情から残っている人がいるかもしれません。

反対に、一定の離職があっても、そこで得た経験を生かして次のキャリアへ進む人を送り出しながら、新しい人材が入り、組織が変化している場合もあります。

大切なのは、

数字を見ることと、その数字の奥で何が起きているのかを見ること。

その両方ではないでしょうか。

「何人辞めたのか」だけではなく、

なぜ、その人は離れたのか。

なぜ、その人は残っているのか。

その人と組織との間に、どのような関係があったのか。

そこまで目を向けることで、人材定着というテーマを、もう少し深く考えることができます。

今回のまとめ

人材定着について考えるとき、私たちはつい、

「どうすれば人が辞めなくなるのか」

という問いから考え始めます。

しかし、会社を離れることが、その人にとって次のキャリアへ進む選択になることもあります。

反対に、会社に残っているからといって、その人が「ここで働き続けたい」と思っているとは限りません。

つまり、

「残った」「辞めた」という結果だけでは、人と組織との関係は分からない。

ということです。

だからこそ、人材定着について考えるときには、

「なぜ辞めたのか」

だけではなく、

「辞めるまでに何が起きていたのか」

「なぜ、今いる人は残っているのか」

という問いにも目を向ける必要があります。

人材定着を「人を辞めさせないための施策」だけで考えるのではなく、「残る/離れる」という現象を手がかりに、人と組織の関係を見る。

そこから、人材定着について改めて考えてみたいと思います。

■あなたの会社ではどうでしょうか?

□ 退職理由だけで、その人が辞めた背景を理解したつもりになっていませんか。

□ 「何人辞めたか」だけでなく、辞めるまでに何が起きていたのかを振り返っていますか。

□ 今いる社員が「なぜ、この会社に残っているのか」を考えたことがありますか。

□ 離職率という数字だけでなく、その奥にある人と組織との関係にも目を向けていますか。

考えてみましょう。

―あなたの会社では、人が「残る/離れる」という結果の奥に、どのような人と組織の関係があるでしょうか。

次回について

今回は、「なぜ人は会社を辞めるのか」という問いから、離職と人材定着について考えました。

では、人が実際に会社を離れるまでに、その人と組織との間では何が起きているのでしょうか。

組織は社員に何を求めているのか。

その要求に見合う支えはあるのか。

そして、組織が良かれと思って行っていることを、働く人はどのように経験しているのか。

次回は、「『正しいこと』を示すだけでは、なぜ組織は動かないのか」をテーマに、「求めること」と「支えること」、そして実際の企業支援で見てきた事象から、人と組織の間で起きていることを考えてみたいと思います。

※本シリーズは、研究レポートNo.003『「残る/離れる」から考える、人と組織の関係 ― 人材定着を捉え直すための視点 ―』をもとに、人材定着・離職という切り口から、人と組織の関係について考えるものです。

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