第3回 SWGs時代に人的資本経営が不可欠な理由〜社員のウェルビーイングが企業の持続可能性を左右する〜

目次

はじめに

第1回では、ネクストSDGsとして注目されるSWGsについて取り上げました。SWGsは、人、社会、地球のウェルビーイングを統合的に捉え、次世代により良い未来を残していこうとする構想です。

第2回では、人的資本経営とは何かについて整理しました。人的資本経営とは、人材を単なる労働力やコストとして見るのではなく、価値を生み出す資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営です。

では、なぜこの人的資本経営が、SWGsの時代に不可欠なのでしょうか。

今回深掘りするテーマは、「社員のウェルビーイングと企業の持続可能性」です。

SWGsが目指す人、社会、地球のウェルビーイングは、企業経営において決して遠いテーマではありません。むしろ、企業にとって最も身近で、最も実践に結びつけやすいのが「社員のウェルビーイング」です。

社員が安心して働き、自分の力を発揮し、成長し、仕事に意味を感じられる状態をつくること。それは、社員個人の幸せにとどまらず、企業の持続可能性そのものに関わる重要な経営課題なのです。

▪️企業のサステナビリティは、社員の状態に表れる

企業経営において、社員のウェルビーイングは「福利厚生の一部」や「人事施策の一テーマ」として扱われがちです。

しかし、SWGs時代の経営においては、社員のウェルビーイングは企業の持続可能性そのものに関わる重要な経営課題です。

なぜなら、企業のサステナビリティを実現するのは、最終的には人だからです。

脱炭素に取り組むのも人です。新しい商品やサービスを開発するのも人です。顧客の困りごとに気づくのも人です。地域との関係を築くのも人です。業務改善を進めるのも人です。経営理念を現場で実践するのも人です。

つまり、企業がどれだけ立派なサステナビリティ方針を掲げても、現場で働く社員が疲弊し、受け身になり、成長の機会を失っていれば、その方針は実行力を持ちません。

逆に、社員が自分の仕事に誇りを持ち、互いに協力し、変化を前向きに受け止め、学び続ける状態にあれば、企業は社会や環境の変化に対応しながら価値を生み出し続けることができます。

ここに、人的資本経営とSWGsの深い接点があります。

▪️社員のウェルビーイングとは何か

社員のウェルビーイングとは、単に病気ではない状態や、給与が高い状態だけを意味するものではありません。

自分らしく働けること。仕事に意味を感じられること。成長している実感があること。周囲との良い関係性があること。安心して意見を言えること。将来に希望を持てること。こうした複数の要素が重なり合って、働く人のウェルビーイングは形づくられます。

たとえば、どれだけ給与が高くても、職場で自分の意見を言えず、毎日強い不安を感じている状態であれば、ウェルビーイングが高いとは言えません。

逆に、仕事が簡単で負担が少なくても、成長実感がなく、自分の仕事の意味が見えず、将来のキャリアに希望を持てない状態であれば、それもまた十分なウェルビーイングとは言えません。

企業におけるウェルビーイングとは、働きやすさと働きがいの両方がある状態です。

働きやすさとは、安心して働ける環境があることです。過度な長時間労働がない。ハラスメントがない。休みが取りやすい。健康が守られている。家庭や個人の事情と仕事を両立しやすい。これは土台です。

一方、働きがいとは、仕事に意味を感じ、成長し、貢献実感を得られることです。自分の意見が活かされる。挑戦の機会がある。自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられる。将来のキャリアにつながっている。

人的資本経営が目指すのは、社員を単に引き留めることではありません。社員が自ら考え、学び、挑戦し、価値を生み出す状態をつくることです。

▪️社員のウェルビーイングが企業価値につながる理由

社員のウェルビーイングは、単に社員個人の満足度にとどまりません。顧客価値、組織力、変化対応力、リスク管理、人材定着、企業ブランドに影響します。

たとえば、社員が自分の仕事に意味を感じている会社では、顧客への対応も変わります。自分の仕事が誰の役に立っているのかを理解している社員は、単に業務をこなすだけでなく、相手にとってより良い方法を考えるようになります。これは顧客満足やサービス品質の向上につながります。

社員が成長実感を持てる会社では、変化への対応力が高まります。新しい知識やスキルを学ぶ機会があり、挑戦を後押しする風土があれば、社員は変化を脅威としてだけでなく、成長の機会として捉えることができます。これは新規事業や業務改善、DX、サステナビリティ対応などにもつながります。

社員が安心して意見を言える会社では、問題の早期発見が可能になります。心理的安全性が低い職場では、現場で起きている問題が上に上がりにくくなります。社員は「言っても無駄だ」「余計なことを言うと面倒だ」と感じ、課題を抱え込むようになります。その結果、小さな問題が大きなリスクに発展することがあります。

一方で、意見や違和感を言いやすい職場では、課題が早く共有され、改善につながります。

社員が将来のキャリアに希望を持てる会社では、人材の定着力が高まります。会社がキャリアについて対話する機会を持ち、成長や活躍の道筋を一緒に考えることは、社員の安心感と前向きな行動につながります。

▪️人的資本経営を怠ると何が起きるのか

社員のウェルビーイングを軽視した経営を続けると、企業にはさまざまな問題が起こります。

まず、採用しても定着しないという問題です。人材不足の中で苦労して採用しても、職場に成長機会がなく、上司との対話もなく、将来が見えなければ、社員は離れていきます。採用コストは増え続け、現場は常に人手不足に悩まされます。

次に、若手が育たないという問題です。若手が育たない原因は、本人の意欲だけにあるわけではありません。育成の仕組みがない、任せる仕事が限定的である、失敗を許容しない、上司が忙しくて関われない、評価が成長と結びついていないなど、組織側の要因も大きいものです。

また、管理職が疲弊するという問題もあります。現代の管理職には、業績管理、部下育成、ハラスメント防止、メンタルヘルス対応、多様な働き方への対応、キャリア支援など、多くの役割が求められています。しかし、管理職自身が十分な支援を受けていなければ、部下を支えるどころか、自分自身が疲弊してしまいます。

さらに、ベテランの経験が継承されないという問題もあります。長年培ってきた技術や顧客対応力、現場感覚は、企業にとって大きな資産です。しかし、ベテラン社員の役割を明確にせず、経験を次世代に伝える仕組みがなければ、その資産は退職とともに失われます。

これらの問題は、別々に起きているように見えて、実は根っこでつながっています。

社員を「今の仕事をこなす人」としてしか見ていないこと。人材育成を現場任せにしていること。キャリア支援を個人任せにしていること。管理職を支える仕組みがないこと。人への投資を経営戦略として捉えていないこと。

これらが積み重なることで、企業の持続可能性が少しずつ低下していくのです。

▪️SWGs時代に求められる企業の姿

SWGs時代に求められる企業は、単に利益を上げる企業ではありません。

社員が成長し、顧客に価値を届け、地域や社会から信頼され、地球環境にも配慮しながら、次世代に希望を残せる企業です。そのためには、社員のウェルビーイングを経営の中心に置く必要があります。

ただし、ここで誤解してはいけないのは、ウェルビーイングを高めることは「社員に楽をさせること」ではないということです。

大切なのは、働きやすさと働きがいの両方です。安心して働ける環境を整えたうえで、社員が成長し、挑戦し、仕事に意味を感じられる状態をつくることが重要です。

サステナブルな企業は、社員の状態に敏感です。現場で何が起きているのか。社員は何にやりがいを感じ、何に不安を感じているのか。どの層にどのような支援が必要なのか。こうしたことを把握し、経営に活かしていくことが求められます。

SWGsの時代に、企業は「社会のために何をするか」だけでなく、「自社で働く人をどのような状態にしたいのか」を問われます。

社員が幸せに働けない会社が、社会を幸せにすることは難しいからです。

▪️第3回のまとめ

今回は、SWGs時代に人的資本経営が不可欠である理由について、社員のウェルビーイングという視点から考えてきました。

企業のサステナビリティを実現するのは、最終的には人です。どれだけ立派な理念や方針を掲げても、社員が疲弊し、成長の機会を失い、仕事に意味を感じられない状態では、企業は持続的に価値を生み出すことができません。

社員のウェルビーイングは、福利厚生の一部ではなく、顧客価値、組織力、変化対応力、人材定着、企業ブランドに関わる経営課題です。

人的資本経営は、社員のウェルビーイングを高め、企業価値を高め、社会への価値提供を高めるための経営です。

人への投資は、社員のためだけではありません。企業の未来のためであり、顧客のためであり、地域や社会のためでもあります。

SWGs時代の企業には、人、社会、地球のウェルビーイングをつなぐ経営が求められます。その出発点は、自社で働く人の状態に向き合うことなのです。

次回予告

次回は、人的資本経営を実際に企業に導入するために、何から始めるべきかを具体的に整理します。

制度をつくる前に確認すべきことは何か。経営戦略と人材戦略をどうつなげるのか。現状把握、人材像の明確化、育成、配置、評価、キャリア支援の仕組みづくりをどのように進めればよいのか。

第4回では、人的資本経営を「考え方」で終わらせず、実践に落とし込むためのステップを深掘りしていきます。

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